物語シリーズの暦と忍のペアリングについての質問です。ペアリングが…暦

旧暦って太陰暦の事ですよね?

旧暦って太陰暦の事ですよね?季節が段々ずれていくと思うのですが、田植えなど耕作物に影響はなかったのでしょうか?そのほかにもいろいろ影響が考えられると思うのですが。
12月なのに暑かったりしたんじゃないですかね?

その通りです。
現にイスラム暦はだんだんずれていくので、ある月が真夏になったり真冬になったりします。
日本や中国で行われていた太陰暦は、太陰太陽暦と言い、月の満ち欠けを基本としながら、季節の推移にも対応するように工夫しています。
具体的にはそれが良く言われる「二十四節気」です。
各月にはそれに入る節気が決まっていて、それを逸脱するとそこに「うるう月」を入れて調整します。
たとえば「春分」は必ず旧暦二月に入らなければいけないので、季節がずれ込み二月のあとの月に入ってくるときには、その月を三月でなく「うるう二月」として季節を合わせます(その年は2月が二つあり、十三か月となる)。
このようにして17年間に7回のうるう月を置くと、平均するとほぼ今の太陽暦と同じ一年となります(十七年七閏法)。
ただ、十三か月の年があるわけですから、農業ならともかく月給制や統計などには非常に不便で、明治政府は早々に太陽暦への改暦を断行したのです。

たまに「閏月」を入れて調節する、ってのは、皆さん書いているので、それでいいです。
で、田植えをいつするか、とかですよね。
簡単にいえば「太陽太陰暦では、何月何日に田植えをする、というふうには決まっていない」ってことです。太陽暦と違って、節分の日も立春の日も毎年変わるからです。
ですから昔は、っていってもそんなに古くない、昭和のころまでは、どこの家庭にも「暦」というものが一冊必ずありました。たいてい伊勢神宮が発行したことになってます。つまり神様が毎年暦を作って皆に配ってたんです(実際には神社がが売る)。そこに「ことしの立春は何日」という情報がひととおり書いてあります。種まき、稲植えのスケジュールは、それを見て決めます。>閏月を入れて、ずれないように調節します。
ちなみに、今年は、旧暦では5月と6月の間に閏5月を入れます。>それを補正するために、太陰暦には「閏月」が時折入れられていました。
現在のグレゴリオ暦で行われている、4年に1日(厳密に言うといろいろ
ルールがあるのですが)の閏日どころではない規模です。>もう少し正確に書くと、「旧暦」=「太陽太陰暦」では、「季節との精密な連動が必要な年間スケジュール」を「○月○日」とは管理しないんです。

既に出ているように、「旧暦」=「太陽太陰暦」なんで(※前後はどっちでもいい)、年ごとにずれを累積することはありませんが、約1か月の範囲で季節と月日は前後します。

なぜこんな暦を使ったかと言えば、人類の歴史では、庶民がカレンダーを持てるようになってせいぜい400年、現代のスマホとかみたいに、出先で月日を確認できるようになってからは、腕時計レベルでも100年ありません。

それが、どこにいても「月」さえ見れば「月日」が確認できる「旧暦」はとっても便利だったんです。
そのために、細かい天体観察をする手間をかけてまで、毎年「閏月」で調整していたんです。
そのため、今でも「旧暦ファン」というのも多く、「国立天文台」では「旧暦による行事」などを進めていたりするんです。

ともかく、結果、「旧暦」は微妙に「季節」合わないので、精密なシンクロが必要な場合には、「二四節季」というのを使うんです。

これ知っていますよね、有名な奴だと「春分」「夏至」「秋分」「冬至」って奴です。
名前でわかるように、1年を24に分けています。
別に、「七二候」というのもあり、必要なら、「春分から何日目」とか使います。

これの使い方の違い、わかりますかね?

つまり「太陽暦」では「春分の日」=3月20日か21日とほぼ決まっています、それでもカッキリ合いませんが、まあ1日くらいです。

ですが、「月日」の進行を管理するのが大変です。
例えば、「今日が元旦」とかの確認から、毎日、経過日数を記録するとかなんですかね?西洋ではどうしたんでしょう??
紙とか普及してない時代に、万年カレンダーでも作って印でも付けるんですかね?

実は私、「もしかしたらキリスト教の日曜礼拝ってカレンダー替わりですかね?」と天文台の暦計算室で聞いたことあるんですが、「どうですかねえ、ローマじゃあキリスト教以前でも使ってるし」と言われましたが、可能性有りそうですよね?!

これが「太陽太陰暦」だと、毎年初めに、その年の月の大小、閏月、さらに毎年かなり変わる「春分の日」をいつか知らないとなりません。

ですが、これさえ知ってしまえば、月日の確認は全く簡単、「月の形」を確認すればいいんですから。
さすがに、「1か月間違える」トンチキもいないから、例えば「4月で満月(十五夜)」ならば「4月15日」です。
あとは「春分の日」を待てばいいだけです。

これだけ「利便性」に差があるので、全ての文明、あ、ナイル川の氾濫さえわかりゃいい砂漠の「エジプト」を除く他の文明は「太陽太陰暦」をまず採用してるんです。

ところが、この「暦」の弱点は、経度の違いが修正に影響すること、などで「修正方法に文明間で違いが出ること」で、特に「ローマ帝国」みたいに、東西に延びるとやばいんで、単純な「太陽暦」に移行しちゃうんです。

日本では、「中国の暦」を長い間使っていたんですが、中国との緯度差のずれが蓄積、それを江戸時代に「日本独自暦」に修正したのが、何年か前に流行った『天地明察』のお話ですね。

ただ、実際の「田植え」とかは、毎年の日照とか気温の違いでも影響されるんで、普通は地方ごとに「何とか山の雪が全て消えたら田植え」とか、こういうのを「自然暦」というんですが、そういうのを使うのが普通です。
簡単な方法ですが、「植物学」で言うところの「積算気温」にマッチした方法であることがわかります。>「うるう年」があるように、「うるう月」をいれて調整していたそうです。>

昔は大晦日と節分が重なるときがあったのは暦の違いだということは何となく理解し…

昔は大晦日と節分が重なるときがあったのは暦の違いだということは何となく理解してるんですが、もう少し分かりやすく教えて欲しいです。
よろしくお願いします。
太陽太陰暦とかよく分からない単語が出てきて混乱してます。

日本で「旧暦」というと、太陰太陽暦(太陽太陰暦とも言います)です。
太陽と月を自然の時計として利用し、日々の太陽の動きで「1日」を定め、月の満ち欠けで「1か月」という単位を定めるのは、ごく自然なことと考えられます。
そこで、「新月から次の新月の前日」までを1か月として定めた暦が「太陰暦」です。
新月から新月まではおよそ29.5日ですから、1年12か月で354日となります。
イスラム諸国では、今もこの考えに基づく暦を採用しています。
ところが、地球の公転は365.24日ほどですから、太陰暦の1年は11日ほど短くなり、同じ第1月(太陽暦の1月と区別するため第x月と表記します)が冬になることもあれば、夏になることもあります。
ところが、農業を基本にした社会では、1年間のスケジュールを立てるにも、暦が季節とずれてしまっているのでは非常に不便です。
そこで、太陰暦をベースにして、かつ暦と季節が大きくずれないようにしようとしたのが、「太陰太陽暦」です。
まず、「新月~次の新月の前日」を1か月とするのは太陰暦と同じですが、その月の名前を決めるのに、その月に、見かけ上、太陽が天球のどこにあるかによって、その月の名前を決めようということです。
つまり、太陽の天球上の見かけの位置によって春夏秋冬が決まるので、このようにすれば、暦と季節が大きくずれることはない、という考え方です。
また、そのままにしておくと1年に11日ずれてしまう太陰暦に対して、適当なところに、「閏月」(余分の月)を挿入して、季節がずれないようにします。
具体的には、二十四節気の内の12の中気と呼ばれる特定の太陽の位置を含む「新月~次の新月の前日」を正月~十二月にそれぞれ割り当てます。
そして「新月~次の新月の前日」までの期間に中気を含まない月があった場合には、これを閏月としてます。
例えば、正月は、二十四節気の「雨水」を含む月とされます。
「雨水」は現在の暦(太陽暦:グレゴリオ暦)で2月19日前後の太陽の位置です。
太陽の位置と月の満ち欠けは同期しませんから、太陰太陽暦の1月(正月)は、最も前にずれるのは、この日が次の新月の前日になった場合であり、逆にもっとも遅くずれるのは、この日が新月になった場合となります。
前者の場合、現在の暦の1月21日頃~2月19日までが旧暦正月となります。
また、後者の場合、現在の暦の2月19日~3月20日頃が旧暦正月となります。
そして、その中間で2月4日が新月であれば、節分が大晦日で、立春が正月一日となります。
暦と季節を合わせる努力はなされていますが、最大1か月ほどのずれがあるので、年によってだいぶ変動があることは否めないですね。

昔の暦は新月の日をついたちとしており、
新月~新月は29日半ほどなので一ケ月は29か30日でした。
29.53059日×12ヶ月は354日余りになります。
昔の暦には1年が13ヵ月ある年もありましたが、
13ヶ月なら384日弱ですね(1月~12月のどこかに閏○月が入る)。
節分は各季節にあり、年4回ほどあるのですが
普通に言われる節分は冬と春の境目の日で、
立春の前日です。
立春は地球が太陽のまわりを1周、
1公転ごとに1回ずつやってきます。
地球の1公転にかかる時間を太陽年といいますが、
太陽年は平均で365.2422日ほどです。
(カレンダーは400年に97回の閏年なので平均36.2425日)
昔の暦と今の暦では1年の長さが違います。

私たちが今使っている暦では19年は228ヶ月です(12×19)。
昔の暦での月数は19年に235ヶ月でした。
29.53059日×235ヶ月≒6939.69日。
365.2422日×19太陽年≒6939.6日。
365.2425日×19暦年≒6939.61日。

昔の暦でも今の暦でも19年は6939日または6940日。
暦では小数点以下の端数を付けられません。
大晦日だけ6時ごろや12時ごろ、18時ごろで
日の変わり目とできないのです→時計がややこしくなる。

必ずしも19年ごとに旧暦と新暦の対応関係が同じに
なるというわけではありませんが、
http://www.wagoyomi.info/
暦注検索をクリックして、月-1月/日-1日、節気-立春を
指定して下さい。

私たちが今旧暦と読んでいるのは太陰太陽暦の中でも、
天保15年に改暦された暦のルールで月日をだしています。
旧暦1848年1月1日は新暦2月4日(節分の翌日)にあたり、
19年後の新暦1905年2月4日(節分の翌日)は旧暦1月1日、
その19年後だと節分の翌日、立春は2月5日になりますが、
この日が旧暦の元日です。
これらは月の満ち欠けと太陽の運行で1年を
12ヶ月にするか13ヶ月にするかを決めた太陰太陽暦と
今の暦での1年の日数が違うためです。>

江戸時代の伊勢暦の暦師について詳しく知りたいです。

江戸時代の伊勢暦の暦師について詳しく知りたいです。

伊勢神宮から朝廷へ奏請して陰陽寮(土御門家)が編纂していた暦(陰陽暦)の写しを受けて刊行したのが伊勢暦です。
伊勢暦は伊勢参詣の客の土産として配られた他、伊勢参詣の勧誘に全国を回っていた伊勢の御師(おんし)がPR用品として配布していました。
なので地方の農家にも伊勢暦は行き届いていました。

月が2つある世界の暦はどのようになるでしょうか

月が2つある世界の暦はどのようになるでしょうか公転周期は外側が内側のちょうど二倍で安定しているとし、両方とも肉眼で満ち欠けが分かる程度には大きいとします。
補足そもそも安定するはずがないであるとかの反論はいりません。
もし仮に安定した状態で人類が文明を持ち、暦を作ったら、という話です。

太陽暦で公転周期1年を自転日数で数えてキリのいい分け方をするでしょうね。
月が10個あっても影響を受けません。

つまり月を無視すると?>

暦ってカレンダーという意味、みなさんしってますか?

暦ってカレンダーという意味、みなさんしってますか?

知ってますが、暦はカレンダーという意味だけではありません。
カレンダーは、月と曜日と祝日が記載されているだけですが、暦のなかには、それに加えて干支(えと)・日の出・日の入り・月齢・日の吉凶・主要行事などを記載したものもあります。
添付の画像をご参照ください。

カレンダー(calendar)は、暦、暦法および七曜表のことです。つまり「暦」は英語で「calendar」ですが、日本で言われている一般的な「カレンダー」は七曜表のことです。>GW前になりますと。
「休みは?」
「暦通りです」
という会話が頻繁に交わされます。>

平成30年の暦はみんな元旦赤色で2日から黒色になっているのですがどうしてでし…

平成30年の暦はみんな元旦赤色で2日から黒色になっているのですがどうしてでしょうか?日本は3日まで国民の休日なんじゃーなかったでしょうか?政権が今年から、国民の休日は1月元旦だけにカレンダーは表示しなさい!と指示したのでしょうか?国会で、正月休日の変更がされたのでしょうか?

正式な祝日は元旦だけだから。
昔からずっとそうだよ。

法で定められた『国民の休日』は、

国民の祝日に関する法律の3条3項で

その前日及び翌日が「国民の祝日」である日(「国民の祝日」でない日に限る。)は、休日とする。

となっており、今のところ、毎年存在する『国民の休日』は5月の4日だけです。

これに、9月の「敬老の日と秋分の日」が、いわゆる飛び石になった場合、その間の日が『国民の休日』になります。

さて質問者の言いたい正月の祝日は、
同法2条で、
元日 一月一日 年のはじめを祝う。
成人の日 一月の第二月曜日 おとなになつたことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。

となっていて、成人の日は、どんなに早くても、1月の8日ですから、正月には「国民の休日」は、できそうにないですね。>三が日は祝日じゃないです。毎年おなじです。>1月1日だけが旗日です。>祝日とされるのは元日だけです。三日までの正月三が日と呼ばれるのは主に役所職員などが休むぶんですね。小売業や自営業に正月三が日は基本ありません。また、法的には祝日としての名称は「元日」です。元旦は元日の朝のことを指します。また、正月は旧暦的には1月の事を指します>祝日は元旦のみです>

太鼓暦を教えてください。

太鼓暦を教えてください。
皆さんの太鼓暦はどのくらいですか?(使用額を教えてくれたら幸いです)またその太鼓暦で実力はどのくらいですか?多数の返答をお願いします。
自分は二年ぐらいですが、精度がまだまだです。
連打は沖縄式です。
補足失礼しました。
太鼓の達人の方です。

7~8年です。
使った額は恐らく1000クレは超えてるかと。
実力の方は☆×9以下での可一桁がそこそこ、クリアだけなら裏ロ燎原はたラク以外といったところでしょうかね。

夏の終わりっていつですか?

夏の終わりっていつですか?「そろそろ夏も終わりですね」とか「夏が終わりに近付いていく」とか言う書き込みを頻繁に見かけます。
ぶっちゃけ「夏の終わり」って何月何日なんですか?夏が大好きな人にとって、「夏の終わり」という表現をされると非常に腹が立ちます。

暦の上では立秋(2016年は8月7日)から秋なのでもう終わってますね。
>「そろそろ夏も終わりですね」とか「夏が終わりに近付いていく」とか言う書き込みこういった会話の上での夏の終わりは感覚的なものなので、明確に「いつ」と指してはいないと思います。
「いつ」と明確に季節を分けるのはやはり暦になるので、上に書いた通り立秋ということになりますね。

私は、9月はもう夏じゃないと思います。

お盆過ぎると海にも行かなくなるし、台風どんどん来るし、今まさに、もうそろそろ夏が終わりだな~と思ってますよ。>何月何日かは決まっていません

又同時に個人が感じる気持でもあります
貴方が夏が終わったと感じれば
それで貴方の夏は終了します
気持ちの持ちようなのですが

一般的には立秋の後は全て秋ですので
表現上の方法だと考えるべきです
心残りと時節上の表現なのです
何月何だと言う表現からして
貴方では理解出来ないかもしれませんね>

暦物語ってあれで終わりなの?

暦物語ってあれで終わりなの?余弦はどこいっちゃったの?噂では北極でシロクマと対決しているとかいないとか??なんでシロクマと対決になるの?伊豆湖いわく「影縫が行方不明となり、貝木が姿をくらまし、忍野の所在も知れないとなれば…」と語っていたけどぜ~んぶ扇の仕業なの?貝木が姿をくらました理由だけは恋物語のラストで、扇にそそのかされた少年に襲われて倒れたからだろうと推測できるけど、押野と影縫がいなくなってしまった経緯がよくわかりません。
また、相手の動きを止めるため、暦の動きを止める必要があるみたいなことを説いて、心渡りで暦を殺しますが、暦がいなくなるとなぜ相手の動きも止まるの?相手とは扇のこと?それともくらやみ??暦を殺したらキスショットがよみがえるのでない?キスショットを復活させる必要があるということ???分からないことだらけです><。


教えてください<(_ _)>補足扇は初代怪異殺しが転生したものらしいですが、忍に食べられずに残った部分があったということ?なんで暦の過去に関心を持ち始めたの?初代怪異殺しの生前は暦の声色を吸収しただけなのに。
扇の出生の経緯と行動の動機がよく分かりません

・暦物語ってあれで終わりなの?あれで終わりです。
「終物語 下」に続きます。
・余弦はどこいっちゃったの?ホッキョクグマと戦っています。
・ぜ~んぶ扇の仕業なの?ぜ~んぶ扇の仕業です。
・忍野と影縫がいなくなってしまった経緯がよくわかりません。
道に迷ったのです。
・暦がいなくなるとなぜ相手の動きも止まるの?暦と黒幕は表裏の存在です。
暦の「間違い」を攻撃する属性があるので、暦がこれ以上「間違い」を起こさなければ攻撃してきません。
・暦を殺したらキスショットがよみがえるのでない?完全体として蘇ります。
・キスショットを復活させる必要があるということ???それが臥煙伊豆湖の目的であり、「終物語 第4話」の後で暦に御札を渡してキスショットに飲ませるよう頼んだ件です。
「暦物語 最終回」でもそのことに言及しています。
また「暦物語 第8話」でも、扇ちゃんが北白蛇神社の初期設定の修正について話しています。
なぜならば、波白公園にかつて有った旧白蛇神社で最初に神として祀られていた存在がキスショットだったからです。
「化物語 第2話まよいマイマイ」で張られた伏線。
波白公園の読み方が明かされます。
ファイナルシーズンで未アニメ化はあと4話。
「終物語 下」 第5話 まよいヘル第6話 ひたぎランデブー第7話 おうぎダーク「続・終物語」最終話 こよみリバースですね。

暦物語の最後の2話は終物語の中から下に結ぶエピソードとして必要性を感じますが、それ以外の話は全くエピソードに影響を与えないものばかりに感じますが、のちのち何か意味を持ってくるの?

こよみストーン
とか
フラワー
とか
サンド
とか…

作者の意図がわかりません><。。。

教えてください<(_ _)>>この辺りは後にしっかりと語られるので、暦物語を見た段階では
分からなくても問題はありません。

軽くネタバレになるので下記注意です。

忍野と余弦はそれぞれ北極と南極に飛ばされています。
阿良々木に助っ人をさせない為の策略の一環のようなものです。
ご想像の黒幕と阿良々木君は密接な関係ですので、彼の死が影響するとだけ。

そして阿良々木の死亡によって、キスショットとのリンクも完全に切れ
彼の吸血鬼化問題の解決、あの世でとある人物との再会など様々な物事が
解決に向けて動き出します。何気に死亡が重要なファクターとなります。>

物語シリーズの暦と忍のペアリングについての質問です。
ペアリングが暗闇によって…

物語シリーズの暦と忍のペアリングについての質問です。
ペアリングが暗闇によってきられましたが、ペアリングが切れるというのは具体的にどのような状態になることでしょうか?影にひそめなくなり吸血鬼の力も減るということでしょうか?また化物語で忍は学習塾跡におり、影には潜んでいませんでしたがあのときもペアリングはされてなかったのでしょうか?

ペアリングがきれれば、忍(キスショット)は元の姿にもどり、完全に吸血鬼性を取り戻し、阿良々木暦は元の人間へ戻ります。
化物語での、学習塾跡のシーンは幼女姿の状態だったので、ペアリング状態だったと思います。
そこら辺までの過程は、傷物語で見れますよ

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